神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2473号 判決 1999年6月16日
原告
市場道子
ほか五名
被告
吉岡英二
主文
一 被告らは各自、原告市場道子に対し、金二〇二一万一一二八円、原告市場俊秀、同市場幸恵、同市場由恵に対し各金六七三万七〇四二円ずつ、同市場(け)(ママ)夫、同市場章野に対し各金一二〇万円ずつ、並びに右各金員に対する平成九年一月九日以降支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告らは、各自、原告市場道子に対し金三四七四万三五一五円、同市場俊秀、同市場幸恵、同市場由恵に対し各金一一五八万一一七二円、同市場(け)夫、同市場章野に対し各金一五〇万円、並びに右各金員に対する平成九年一月九日以降支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
第二事案の概要
一 原告らは、後記の事故(以下「本件事故」という。)により、市場信孝が死亡したことにより損害を被ったとして、被告サンセブンレッカー株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、被告吉岡英二(以下「被告吉岡」という。)に対しては不法行為に基づき、損害の賠償を求める(附帯金請求は、事故の日からの遅延損害金である。)。
二 本件事故の発生(当事者間に争いがない。)
1 発生日時 平成九年一月九日午前九時一五分ころ
2 発生場所 西宮市山口町金仙寺一〇四五番地先路上
3 加害車両 レッカー車(神戸八八や六六八六)
4 右運転者 被告吉岡
5 右保有者 被告会社
6 被害者 亡市場信孝(以下「信孝」という。)
7 争いのない範囲の事故態様
被告会社は、事故車両や故障車両の牽引移動等の請負を業とする会社であり、被告吉岡はその代表者、信孝はその従業員であった。
西宮署からレッカー車の出動依頼があって、被告吉岡や信孝らが出動し、事故現場で、道路に横転している三・五トントラック(以下「事故車両」という。)を、加害車両であるレッカー車を使用して引き起そうとした際に、引っ張られた事故車両が、道路際の道路標識支柱の上に落ち、支柱が倒れて、傍らにいた信孝の頭部を強打した。
8 結果
信孝は、頭蓋骨骨折、脳挫傷、外傷性くも膜下出血の傷害を負い、同年四月三日、県立西宮病院で脳挫傷により死亡した。
9 原告市場道子は信孝の妻、同俊秀、同幸恵、同由恵は信孝の子、同(け)夫、同章野は信孝の両親である。
三 争点
1 事故の原因と被告吉岡の過失の有無。過失相殺の当否。
2 原告らの損害。
四 争点1(事故原因と過失相殺等)について当事者の主張
1 原告ら
本件事故は、被告吉岡が事故車両を起き上がらせる際に、それには不適当な横引きの方法で、かつ、その手順が履行されているかを確認することもなしに、また、周辺の作業員らに警告を発することもなく、加害車両であるレッカー車のクレーンを操作した過失により、ひきずられた事故車両が、同車の転倒事故により傾いていた道路標識支柱の根部に乗ったため、標識支柱が折れたものである。
2 被告ら
(一) 本件事故は、信孝及び被告吉岡を含む四人で、被告会社の二台のレッカー車(レッカー五号車とレッカー一五号車。以下では単に「五号車」、「一五号車」という。一五号車が加害車両。)を用いて、事故車両を元通り地上に起き上がらせる作業をしていた際の事故である。
作業員全員で手順を決め、事故車両前部シャーシーにワイヤーをかけ、信孝が五号車を操作して前部をクレーンで吊り上げておき、その後全員で事故車両にワイヤーをかけたうえ、被告吉岡が一五号車のクレーンを操作して、事故車両を引き起こすことになった。
(二) ところが、被告吉岡が一五号車のクレーンを操作して事故車両を道路中央側にひきずった際に、本件事故が発生した。
(三) 事故の原因は、五号車によって事故車両前部を吊り上げておかなかったため、一五号車で引きずったときに、事故車両がドスンと約一・三メートルの高さから地上に落下し、その衝撃で標識支柱の根元に当たったことにある。
(四) 信孝は、不注意にも全員の合意に反して五号車で事故車両の前部を吊り上げておくことを失念して、事故の原因を作った。
(五) そのうえ、被告吉岡が一五号車のクレーンを操作する際には、作業員だけでなく、警察官らも、事故車両から五、六メートル以上は避難していたのに、信孝のみは、事故車両から二・五メートル付近に立っていたために、道路標識支柱が倒れてくるのを避けられなかったものである。
(六) 従って、本件事故は信孝の一方的過失によるものであるが、そうでないとしても、その過失は五割を下らない。
五 争点2(原告の損害)に関する当事者の主張
1 原告ら
(一) 付添看護費 四六万七五〇〇円
一日当たり五五〇〇円の割合による八五日間分
(二) 入院雑費 一一万〇五〇〇円
一日当たり一三〇〇円の割合による八五日間分
(三) 付添通院交通費 二四万二一八〇円
(四) 逸失利益 六五二七万六九七九円
信孝(当時四六歳)は二級自動車整備士の資格を有していて、被告会社の関連会社である訴外カーリペアーサンセブン株式会社に被告吉岡の招きにより、整備士として入社したが、同社には修理設備がなく、同社の都合で被告会社に出向を命ぜられ、レッカー作業に従事するようになり、収入も低額となった。本来整備士とし稼働していたならば得られたであろう収入を基準とすべきである。
よって、平成六年度の賃金センサス(高卒四六歳)による平均賃金をもって基礎収入として計算するのが相当である。生活費割合は三割が相当である。
6,611,800×0.7×14.104=65,276,979
(五) 慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円
(六) 葬儀費 一八二万五七七二円
(七) 証明書代 八〇〇〇円
(八) 弁護士費用 六〇〇万〇〇〇〇円
(九) 以上は、信孝の相続人である原告道子、同俊秀、同幸恵、同由恵において、法定相続分に従って、分割すべきものである。
原告(け)夫、同章野は信孝の両親として、固有の慰謝料として一五〇万円ずつを請求する。
2 被告ら
(一) 信孝は、年収が五〇三万九〇〇〇円であった。その逸失利益の算出に当たっては、被告会社における給与を基礎とすべきである。
第三判断
一 争点1(事故の態様と被告吉岡の過失の有無、過失相殺の当否)
証拠(甲一、四、七ないし二〇、四六ないし四八、五〇、五一、乙一、証人吉岡明の証言、弁論の全趣旨)によると、次のとおり認められる。
1 被告会社は、事故を起こした車両や故障した車両の牽引移動等の請負を業とする会社であり、被告吉岡はその代表者、亡信孝はその従業員であった。
2 事故当日、現場で、コンクリート製品(ヒューム管類)を運搬中のトラックが道路左側の民家ブロック塀に衝突して横転し、コンクリート製品が路上に投げ出されるという事故が発生した。西宮署からレッカー車出動依頼があって、被告吉岡の指示で、同人のほか、信孝、被告吉岡の子吉岡明、北内勇吉らが、五号車と一五号車の二台のレッカー車をもって、現場に出動した。
現場は、事故車両の進行方向を基準に左側の塀際に側溝があり、そこから五〇センチメートルの間隔をもって路側帯線が表示され、さらに中央線まで三メートルの幅員のある、歩道のない道路である。事故車両は、道路左側の民家ブロック塀を壊して、右側面を下にし、底面をブロック塀に向けて、塀際に横転していた。衝突の衝撃で、事故車両の底面に相対する部分のブロック塀は一塊のパネル状のまま、道路の前方に飛び散っていた。側溝際には交通標識支柱が設けられていたが、事故車両の前部に押し倒されて大きく傾いており、横転した事故車両の前部は、この標識支柱の根元ごく近くに位置していた。
なお、事故車両の積み荷であったコンクリートヒューム管は、以下の引き起し作業までの間に撤去された。
3 被告吉岡や信孝らが行おうとした最初の作業は、横転している事故車両を引き起こすことであった。この作業は、事故車両の前方に五号車を止め、一五号車を事故車両の横に止めて、行われた。
まず横転したままの事故車両の前部にワイヤーロープをかけて五号車のクレーンで、事故車両の前部を持ち上げ、その状態を利用して、事故車両の車体の下側を通して底部のシャーシーにワイヤーロープをかけた。五号車によって吊り上げられいる前部をいったん降ろしたあと、底部にかけたワイヤーロープを事故車両の横に停めた一五号車のクレーンで、引き上げながら道路中央側に引っ張ることによって、事故車両を、ブロック塀に乗り上げないように道路中央側へ引っ張り出して引き起こした。こうして引き起こされた事故車両が地上に起き直った際、勢いよく地上に落ちたため、すぐ前に位置していた標識支柱の根元に乗っかって、これを押し倒してしまい、倒れた支柱が近く(五号車とブロック塀との間)にいた信孝の頭部を直撃した。
一五号車のクレーンを操作したのは被告吉岡であり、その前に五号車のクレーンを操作したのは信孝であった。
4 被告らは、この一五号車による引き起しの際、事故車両の前部を五号車のクレーンで再び吊り上げておけば、事故車両はゆっくりと起き上がることができたはずであり、その手順を取ることが作業員の間で打ち合わされていたのに、五号車を担当した信孝が前部の吊り上げを失念したために、本件事故が発生したものであるとして、事故は信孝の過失によるものであり、また、クレーンを操作する前に被告吉岡が退避するよう警告したにもかかわらず、信孝が事故車両の間近にいたことにも過失がある旨主張する。
けれども、被告吉岡と信孝を含む作業員との間に、右主張のような作業手順について打合せができていたことを認めるに足りる証拠はない。
現に、証人吉岡明の証言によると、被告吉岡の子で、被告会社の作業を手伝っていた吉岡明は、五号車とブロック塀との間で、信孝よりむしろ事故車両に近い位置に立っていたこと、そして被告吉岡は、一五号車と事故車両との間に立ってリモコンにより一五号車のクレーンを操作したことが認められる。右事実からすると、吉岡明において、前部の吊り上げが必要であるのに、これがなされていないことを認識していたとは思えないし、被告吉岡も、その位置からして、事故車両の前部が打ち合わせた手順どおりに吊り上げられていないことを容易に確認できたはずであるのに、一五号車のクレーン操作を行ったことになる。
また、証人吉岡明の証言中には、被告吉岡がクレーンを操作する前に、周辺に対して退避するよう警告した旨の供述があるが、事故時の吉岡明の右のような位置からして、右警告は、作業とは直接関係のない警察官らに対する警告にすぎず、被告会社の作業員に対しても退避するよう警告したものではなく、退避しているか否かを被告吉岡が確認したと認めるに足りる証拠もない。
5 そうすると、被告吉岡は、現場責任者として、適切な手順を選択したと言えるか疑問があるうえ、その選択した手順が実行されているかについても確認を怠り、かつ退避警告についても確認しないままに、クレーン操作作業を行った過失があるものというべく、その過失により、信孝に傷害を負わせ、死に至らしめた不法行為責任があるというべきである。
なお、一五号車が、被告会社の所有であり、被告会社が運行供用者としての責任を負うことは争いがなく、本件事故が、右車両に装着された装置の本来の用法に従って操作中に発生したものであることからして、自動車損害賠償保障法三条にいう「自動車の運行によって」発生したものということができ、被告会社は同条による損害賠償責任がある。
6 もっとも、信孝においても、作業を担当する一員として、次に行われる作業の危険性を予測し、自ら適切な位置に退避するなどすべき義務があったというべく、漫然と引き起し作業を見ていたものと認められるから、本件による損害の発生について二割の過失相殺を行うのが相当である。
二 争点2(損害)について
1 付添看護料
信孝は、事故後県立西宮病院に運ばれ、開頭手術により、脳室ドレナージ、骨折部整復、血腫除去の手当てを受け、集中治療室において治療を受けていたが、意識の戻らないまま、八五日後の四月三日に死亡した(甲二)。この間、妻である原告道子は、容態の急変があるかも知れない、意識を取り戻すためには、始終刺激を与える必要がある、との医師の指示で、毎日同病院に通って、信孝に付き添っていた。道子は平素はパート労働に服して月額一〇万円の収入を得ていたが当然にその勤務を休んだ。(原告道子本人)
右からすると、原告道子の付添いについて、一日当たり五五〇〇円の割合による付添い看護費を本件事故と相当因果関係のある損害として認容するのが相当であり、その合計額は、請求どおり、四六万七五〇〇円となる。
2 入院雑費
右八五日間の入院については、様々な雑費を要したであろうことは顕著な事実であり、甲三五、原告道子本人によると、紙オムツの購入などの出費を要したことが認められる。
その金額は入院期間八五日を通じて、一日当たり一三〇〇円の限度で認容するのを相当とし、請求どおり、一一万〇五〇〇円となる。
3 交通費
信孝の入院期間中、原告道子が付添いのため通院していたことは前記のとおりであるが、右通院には、電車・バスを利用して、片道一〇〇〇円を要したことが認められ(原告道子本人)、八五日間について合計一七万円を要したものと認められる。原告道子本人の供述中には、信孝の父である原告(け)夫の自動車で通院したことがあり、その場合には駐車場代等を要した旨の供述があるが、近親者の付添い看護に要する通院の交通費としては、右公共の交通機関による通院の費用の限度で、本件事故と相当因果関係があるものとするのが相当である。
4 逸失利益
被告らは、被告会社における信孝の給与は年収五〇三万九〇〇〇円であったと主張する。
しかし、原告道子本人によると、信孝は自動車整備士の資格を有していて、その資格の故に、手取り月額四〇万円の約束で、被告吉岡に招かれて、被告会社の関連会社に入社したものであること、ところが、同社は整備作業のための施設を有しておらず、被告会社に派遣されてレッカー作業を行うことになり、その作業員として稼働するに止まっていたこと、その収入は整備士資格を生かした職に就いたときよりも少なく、手取り月額三二万円と、年間二度の賞与として手取り三〇万円ずつを得る(年収四四四万円)に止まっていたこと、以上の事実が認められる。他に被告会社における給与の詳細や、その変遷についての証拠はない。
右事情に照らすと、信孝は、賃金センサスによる、高卒男子労働者の四六歳の平均賃金である六六一万一八〇〇円程度の収入を挙げることができたものとして、その逸失利益を計算するのが相当である。
そして、信孝が、一六歳を頭に三人の子を抱えていた(甲三)が、妻道子もパート勤務をしていたことからすると、右収入に対する信孝自身の生活費の割合は、四〇パーセントを下らないものと認めるのが相当である。
してみると、同人の死亡による逸失利益は、労働可能年齢を六七歳までとして、新ホフマン方式により中間利息を控除すると、次のとおり五五九五万一六九六円となる。
6,611,800×0.6×14.104=55,951,696
5 慰謝料
信孝が勤務先での作業中に不慮の事故により死亡したことは、信孝にとっても、その肉親にとっても、著しい精神的苦痛を受けるものであったことは明らかである。信孝自身の苦痛を慰謝するべき慰謝料のほか、妻子固有の慰謝料、両親の慰謝料を含めて、合計二九〇〇万円とするのが相当であり、そのうち両親の分として一五〇万円ずつ計三〇〇万円を認容し、その余の二六〇〇万円を信孝本人及び妻子の分として認容するのが相当である。
6 葬儀費
原告道子本人及び甲二四ないし三四によると、信孝の葬儀に際しては、およそ一八〇万円の出費を要したことが認められる。もっとも、原告らは、労災から葬祭料として一五万八一八〇円を受領したことを自認しており、本件事故と相当因果関係のある葬儀費の損害は、一五〇万円を相当とする。
7 証明書代
原告道子本人及び甲三五ないし三七によると、信孝の死体検案書や死亡診断書の作成費用などとして、原告道子は、合計八〇〇〇円を支出したことが認められる。
8 損害填補
以上によると、本件事故による信孝とこれを相続した原告道子及び三人の子の損害額は、合計八四二〇万七六九六円となるところ、前記認定のとおり二割の過失相殺を行うと、右原告らが請求しうる金額は六七三六万六一五六円となる。そしてこの損害に対して、同原告らが自賠責保険から既に三〇四四万三九〇〇円の補填を得たことは当事者間に争いがないから、これを控除すると、残額は三六九二万二二五六円となる。
なお、原告らは、労災から特別支給金三〇〇万円を受領したことを自認しているが、この給付の性格上、損害賠償債権に充当すべきではない。
9 弁護士費用
原告らが原告代理人に本訴の提起遂行を委任したことは当裁判所に顕著であるところ、右認容額のほか、本件訴訟の経緯やその難易等、諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用は、三五〇万円とするのが相当である。
10 まとめ
そうすると、両親である原告(け)夫、同章子を除く原告らが被告に対して賠償を求め得る損害額は、四〇四二万二二五六円となる。これを法定相続分に従って、妻である原告道子に二分の一、三人の子に六分の一ずつに分割すると、原告道子に対しては、二〇二一万一一二八円、三人の子に対しては、それぞれ六七三万七〇四二円ずつとなる。
また、両親については、固有の慰謝料としては一五〇万円ずつが相当であることは前記のとおりであり、これに前記の過失相殺をして、一二〇万円ずつの限度で理由がある。
第四結論
よって、原告らの請求は主文記載の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)
(別紙)
損害計算表 (9-2473)